スタートアップ先進地域 仙台市が目指す「インパクト・スタートアップ」構想!
2020年には内閣府より「スタートアップ・エコシステム拠点都市」に選定されるなど、新規ビジネス創出への機運が年々高まる仙台市。この街を中心に東北では10年以上前から、社会課題を解決する起業家支援に取り組み続けていることをご存じだろうか?
今回は仙台市の起業家支援をリードする仙台市 経済局産業政策部 産業振興課の酒井氏・白川氏の両名に、仙台市内で長年行われてきた活動の成果とともに、今後のビジョンを取材した。
きっかけは震災、10年間にわたる仙台市のスタートアップ支援
日本の大きな社会課題の一つである少子高齢化。その中でも、2045年には人口における高齢者の割合が43%を越えると言われている東北は、特に少子高齢化が深刻な地域だ。「しかし、少子高齢化に伴ってさまざまな課題が発生する『課題先進地域』こそ、それらを解決するビジネスもまた生まれやすい。その点では、東北には大きなチャンスがあると考えています」と酒井氏は語る。
仙台市が起業家支援に力を入れ始めたのは、2011年の東日本大震災がきっかけだ。地震・津波による直接的な被害はもちろんのこと、地場産業の衰退や地域コミュニティの喪失、空き家や獣害などの社会問題が一気に噴出した。一方で震災後は「復興」という言葉を合い言葉に、多くの起業家が生まれ、新規ビジネスやサービスが立ち上がったという。
地域への想いあふれる起業家たちをサポートするため、2013年には当時の仙台市長が「日本一起業しやすいまち」を目指すと宣言。復興の加速と多様な働き方の拡大を見据え、起業家支援へと乗り出した。その後、起業啓発・促進イベント「SENDAI for Startups!」の開催、仙台市起業支援センター「アシ☆スタ」の設立、起業家育成プログラムの実施など、10年にわたりさまざまな起業家人材の輩出策を実施している。
「スタートアップ創出における東北の地域的な強みとして、東北大学をはじめとする大学発の技術シーズと、社会課題解決に対して高い志を持つ人たちの存在がある」(白川氏)という。これらの強みを活かしつつ、ベンチャーキャピタルや支援機関と連携しながら積極的な支援を行ってきた。そんな活動が実を結び、近年は次々と「東北発のスタートアップ」が生まれている。
続々誕生する東北発スタートアップ、見え始めてきた成果
ここでは、日本や世界から注目を集める「東北発のスタートアップ企業」の一部を紹介する。仙台市は2018年から、革新的なプロダクトの創出に挑戦する東北のスタートアップ向けの集中プログラム「TGA (Tohoku Growth Accelerator)」を通して80社以上を支援している。以下で紹介する企業はTGAで採択され、経営面でのレクチャーやイベントの出展、投資家とのマッチング支援などを受けている企業だ。
株式会社ヘラルボニー
株式会社へラルボニーは、岩手県発の「福祉×アート」分野のスタートアップだ。全国にいる主に知的障害を持つ人たちのアート作品を小物や雑貨、インテリアアイテムなどに商品化し、販売している。鮮やかな色合いと独創的なデザインが魅力のアート作品を通じて、成田空港やディズニーなど、福祉業界を越えてさまざまな企業とコラボレーションしている。
2019年にTGAプログラムに採択されたへラルボニー。その後2021年にはシリーズAラウンドでの資金調達、2022年には社会的インパクトのある事業を創出した起業家やベンチャー企業を表彰する「日本スタートアップ大賞」で審査委員会特別賞を受賞した。
株式会社manaby
株式会社manabyは、仙台市に本社を置き、障害者向けの就労移行支援事業を展開している会社だ。2016年に創業した同社は、ITスキルやビジネスマナーといった働く上で必要なスキル開発や、支援員との対話を通したサポートなど、障害を持つ人が自分らしく働けるまでの道のりを包括的に支援している。
manabyはTGAの前身である「東北アクセラレーター2017」で、支援対象企業として採択された。現在、事業所は仙台だけではなく関東・関西にも拡大しており、2022年にはTOKYO PRO Marketに上場するなど、大きく成長している企業だ。
株式会社ElevationSpace
株式会社ElevationSpaceは小型人工衛星を用いて宇宙実験などをサポートする、東北大学発のベンチャー企業だ。国際宇宙ステーション(ISS)に代わる世界初の宇宙環境利用プラットフォームとして、小型の人工衛星内での宇宙実験や、地球では不可能とされる材料の製造を無人で行うサービスを提供している。
ElevationSpaceは2020年にTGAプログラムに採択された。2022年には3.1億円の資金調達を果たすとともに、株式会社ユーグレナと提携し、ユーグレナの宇宙培養を目指す共創事業を開始するなどさまざまな展開を見せている。今までにない技術を用いた、新たな可能性を生み出すビジネスが注目されている企業だ。
目指すは社会課題解決とビジネスを両立する「インパクト・スタートアップ」創出
スタートアップ・エコシステム拠点都市選定を受け、仙台スタートアップ・エコシステム推進協議会が2022年に策定した「仙台スタートアップ戦略」では、「仙台らしさを活かしつつ、社会的・経済的インパクトの最大化に挑戦し続ける『インパクト・スタートアップ』の創出」を目標に掲げている。インパクト・スタートアップとは、環境やエネルギー、医療、福祉、教育、子育て、食、農業などの社会課題の解決とビジネスとして持続可能な成長の両立を目指すスタートアップを指す言葉だ。「仙台市だけではなく東北中で奮闘している社会起業家たちのチャレンジを後押しするべく、継続的なサポートを行いたい」と酒井氏は語る。
また、仙台市におけるスタートアップ・エコシステム拠点都市の拠点形成計画KPIの達成状況は、おおむね順調に推移している。10年にわたる起業家支援によって、スタートアップが生まれる土壌は着実に整ってきているようだ。
スタートアップ支援を通して、東北の人たちが幸せを実感できる地域へ
東北のスタートアップ企業の成長にあたって、近年は新型コロナウイルスの影響で海外との交流の機会が少なくなってしまったこともあり、海外の認知度が低いことが課題だという。そこで、東北地域のスタートアップ企業をシリコンバレーへ派遣してVCとのマッチングイベントを開催したり、フィンランドで行われる世界最大級の起業イベント「SLUSH」へ出展したりなど、海外との連携を見据えた施策も実施中だ。
仙台市は経済成長戦略の中で「東北で暮らす人々が豊かさを実感できる未来を作る」ことを、目指す姿として掲げている。酒井氏は「社会課題が多い東北だからこそ、その点をプラスに捉えて積極的に解決に動き、世界をリードしていく地域を目指したい」と話してくれた。
また仙台市は大学や大企業の支社が多数あるため関係人口は多いものの、そのほとんどが就職や転勤をきっかけに仙台を離れてしまうという。白川氏は「仙台に魅力的な会社があったり、起業をするなら仙台を拠点にしようと思ってもらえれば、ここに残りたいと思う人も増えるはず。スタートアップ支援を通して、社会的にも金銭的にも元気な地域を作りたい」と意欲を語った。
今後もインパクト・スタートアップ創出へ向けて、さらなる盛り上がりが期待できそうだ。編集部では引き続き、仙台市を中心としたインパクトスタートアップの取り組みを追っていきたい。
【編集部後記】
酒井さんと白川さんのお二人の話を聞いて、東北にはスタートアップや新規ビジネスを支援してくれる環境がこんなにも整っているということに驚きました。今回記事でご紹介したSENDAI for Startups!やTohoku Growth Acceleratorの成果発表会などのイベントは、一般の方でも参加可能です。仙台市の取り組みを応援したいという方は、ぜひ一度見てみてはいかがでしょうか。(ライター・鈴木 智華)