【宮城】七ヶ浜の土地文化に魅せられたバンドマンが営む、ログハウスのカフェレスラン「SEA SAW」。地域に帰依することで、ローカルエリアの持続可能なクリエーティブ産業を伝播する。
渡り蟹のトマトクリームパスタが人気のカフェレストラン「SEA SAW(宮城県七ヶ浜町)」。菖蒲田浜 海水浴場前に2016年にオープンし、現在は七ヶ浜名産の海苔を加工した「のりだれ」という商品も手がけている。このカフェの運営とビーチイベントの開催を行なう、合同会社fluir 代表の久保田靖明氏に移住した経緯とローカルエリアでのクリエーティブ産業についてお話を伺った。
カフェは文化が生まれる余白空間
東日本大震災の発生後、NPO法人ETIC.の有償ボランティアとして東北に入り、七ヶ浜と出合った久保田代表は2012年8月に移住し、ビーチイベントの開催とカフェの運営をしている。ボランティア活動の一環で夏祭りの音響を手伝ったことを機に、久保田代表は2013年から「セブンビーチフェスティバル」というビーチスポーツと音楽のイベントやビーチクリーン活動を行なっている。
「このイベントは『ガレキからビキニへ』というテーマのもと、海のイメージをポジティブにする目的ではじめました。数年開催をしたあとに『とても楽しんでもらえているけど、イベントでは一日の景色しかつくることができない』と思ったんです。それで常に七ヶ浜の文化が生まれる場所になるようにと、七ヶ浜の皆さんにとって思い入れのある菖蒲田浜のすぐ近くで多くの人が気軽に集えるカフェをやることにしました」と久保田代表。
SEA SAWは、公益財団法人 日本財団からの支援を得て2016年5月にオープン。久保田代表はカフェをはじめたことについて「文化が生まれる場所は、カフェやバーからはじまるというのが世界の相場です。ティーパーティーから17世紀の啓蒙思想ができたように余白が生まれる場所から文化が育つと信じていますので、そうした時間と場所になればと思いました」と話す。店内は余白ができるだけではなく日常的に自己表現がされている空間で、今は七ヶ浜の被災する前の写真などを展示している。オープン当初は店名にカフェレストランではなく「Art Café Bar」だったことからも、その思い入れの強さを感じる。
浜の風土に帰依する「仙台圏で一番海から近いカフェ」
SEA SAWは「仙台圏で一番海から近いカフェ」。しかしそれだけではお客様へのアピールが弱いと考えた久保田代表は、食のトリガーとなる食材として七ヶ浜で獲れる「渡り蟹」を採用することにした。「地元の人からすると震災後から獲れはじめたもので、塩茹で食べることしかされてこなかった食材でした。地域の特産品は海苔だったのですが、最初に打つアイコンはメジャーなものでなければ人に伝わりにくいし、外国人の避暑地だったことから地域のイメージには落ち着いたプレミア感が必要だと思ったんです。他にウニ、アワビ、シャコ、ボッケも候補に挙がったが、渡り蟹に落ち着きました」
久保田代表は七ヶ浜でボランティアをしていた時、ワカメ養殖をはじめた漁師の方の手伝いもしていて「漁師の方たちは刺網漁もされていたので網に引っかかった渡り蟹を沢山くださり、毎日が蟹パーティー状態でした。あまりにいただけるので知り合いがやっている東京の居酒屋に送ったところ鮮度と質の良さがとても好評だったので、メイン食材への可能性を感じました」と当時を振り返る。
七ヶ浜を外国人避暑地から人気のある仙台圏の週末リゾートへ
地産地消メニューや子どもたちが寝転がれる座敷席におむつ台があり、お客様の7割を女性や子ども連れ家族が占める人気のカフェレストランSEASAW。また、癒し効果のある杉の木を使用したログハウスの建物と内装は全て子どもの玩具に使う天然塗料を使用しており、お客様が安心して利用してもらえるよう配慮を欠かさない。
久保田代表は「地域の方と七ヶ浜の未来コンセプトを考える機会があり、七ヶ浜の歴史も学びました。そのときに、明治時代にアメリカ兵の避暑地として拓かれた地域だったことを知り、女性や子ども連れの方が癒される『仙台圏の週末リゾート』になることを目標に掲げて活動を続けてきました」と話す。
七ヶ浜が避暑地になったのは1821年(明治20年)にアメリカ兵が病気の奥さんを静養させられる場所を求め、その家族を含む外国人7名が七ヶ浜に移住し、海水浴場がつくられてからのこと。それを機に、七ヶ浜村(現:七ヶ浜町)が誕生し、当時流行っていた海湯地浴(湯治)ができる避暑地として栄えた。「こうした風土に帰依するように、このカフェも女性が癒される時間と空間を提供したいと思いました」と久保田代表。
ログハウスはアメリカにとって開拓の象徴であり、素材は人を一番癒す効果がある杉の木を使用してつくられるものが多い。カフェで使用している杉の木について「ログハウスはその地域の素材を使って立てられるものなので、私も七ヶ浜からできるだけ近郊の杉の木を探しました。いくつか候補がある中で、岩手県早池峰産の杉の木を加工からログハウスづくりまで一貫して担う業者へ建設を依頼しました。このカフェが七ヶ浜の歴史を象徴する場所になればと思ったんです」と、浜の成り立ちを余さずにリスペクトする久保田代表。
ローカル経済は止まらない
新型コロナウイルスの感染拡大から見るローカル経済の動きについて、久保田代表は「資本主義の無意識(社会の仕組み)が世界の豊かさを弊害しているように感じます。しかしローカルはまだ資本主義の弊害が少なく、文化が残っているところが多くあります。だからこそローカル経済は止まらないし、コロナ禍でそれはより加速しニーズが急増しています」と話す。
世界の概念をもつ久保田代表は、いかにして現在の活動に至ったのか。「書家の父親と公文経営者の母親の影響が強かったです。中学生の時に母の勧めで国際団体ユニセフ協会の会議に出席したのを機に、途上国への支援活動をはじめたんです。高校生になるとバンドや俳優などの表現活動で一旦離れるのですが、青年海外協力隊になるチャンスがあったので震災が起こる前まではアフリカの子どもたちに音楽を教えていました。しかしそこで、途上国の貧困をつくっているのが先進国に生きる自分の消費意識だったことに気づいたんですよね。先進国の資本主義的なマインドが変わらない限り、平和にならないと」。
先進国は順位や富に優越をつけるが途上国はみんなでそれらを共有しているのを見て、どちらが人として正しく豊かなのかを考えさせられたという久保田代表。「文化は人が生きるための最低限の保証であり、生活圏の風土に帰依する生き方の大切さを知りました。こうしたところに、いまのローカル経済に通じるところがあるのだと思います」。
利便性より特別な日常へ
豊かさの価値基準は「目に見えないものの価値」へ変わってきていて、相対的にローカルの価値が高まっていることに久保田代表は「人は常に生活で足らないものを補うために豊かさを求めていて、今もその感覚値は変わってきています。以前は不便だったから利便性が求められてきていたけれど、今は便利な生活を変えずにより物事との関係性が深く、一人称のストーリーで主人公化できる生き方に豊かさを求める傾向にあります」と話す。
新型コロナウイルスの影響もあり、リモートワークができる環境が整えられた昨今では「会って話す」ことへの価値が高まっていて「このご時世なので会話する相手はもちろん、場所と時間は貴重なものだから一人一人がすごく選択すると思います。『せっかく会って話すなら』『久しぶりに外食するなら』という、特別な日常をここで楽しんでもらいたいです」と久保田代表。コロナ禍で営業制限せざるを得ない現状はあるものの、SEA SAWは「特別な日常」を提供することで地元の人たちに支えられている。また以前より準備していた七ヶ浜産の海苔でつくった加工商品「のりだれ」も好評だ。
ローカルクリエーティブ産業の行方と可能性
これからのローカル経済には、クリエーティブの人材を広く受け入れる土壌づくりが必要になっている。その課題について久保田代表は「やはり教育が大切だと思います。だから東北芸術工科大学の存在は大きいですよね。東京の大学では吸収できない文化を得て、物事を生み価値が創り出す。そういうものが生まれる豊かさを発信する人材と環境は着実にできていると思います」と期待を寄せる。人がより健全に豊かな環境を手にするには、圧倒的にローカルの方が入りやすいと久保田代表。「人を受け入れる余白や自然があり、その豊かさはすごく多面的で非常に複雑です。都心では利便性と手軽さに思考が消費され終わってしまうことが多いと思います。だから、一生この世に残るものを創りたい人はぜひローカルで思う存分にやりきってほしいです」とローカル経済への可能性を広めている。
【プロフィール】
カフェレストラン SEA SAW
2016年「仙台圏でビーチから一番近いカフェレストラン」としてオープン。七ヶ浜産の渡り蟹を使用した「渡り蟹のトマトクリームパスタ」が人気で、現在は七ヶ浜名産の海苔を加工した商品「のりだれ」も製造。久保田 靖明氏が代表を務める、合同会社fluir(フルイール)が運営する。久保田代表は千葉県出身。学生時代から音楽活動とともに、国際NGO団体ユニセフ協会や青年海外協力隊でアフリカの途上国支援を行なう。東日本大震災後は有償ボランティアで東北へ。その後は七ヶ浜へ移住し、カフェレストランを運営する傍ら、菖蒲田浜でビーチクリーンや音楽フェスのイベントを開催している。
< カフェレストラン SEA SAW >
https://www.seasaw.me
< セブンビーチフェス >
https://www.sevenbeachproject.com
【LocalBook編集部後記】
東北に限らず、各地方では関係人口を増やすための取り組みが展開されています。今回お話を伺った久保田代表は、ボランティアという関係性から移住と起業をされた一人。取材中、久保田代表のところにローカルビジネスとなる新たな課題が舞い込むのを目の当たりにし「風土に帰依する」ということは町やその歴史を尊重するだけではなく、その時代ごとに課せられる問題を地域資源として還元させていくことなのかと気づく貴重な時間となりました。
(ライター:太田和美)