「東日本大震災を機にスタートしたNPOの上場が『創造的復興』のひとつの答えになる」都市と地方をかきまぜる、株式会社雨風太陽のインパクトIPOとは【東北IMPACT STARTUP】
2023年12月18日、岩手県花巻市に本社を置く「株式会社雨風太陽」が東京証券取引所グロース市場に新規上場した。グロース市場とは、成長途上にあるベンチャー企業が参加する市場のこと。同社の上場は、2つの意味で特別だった。まず1つ目は、岩手県において「18年ぶり」の上場だったこと。そして2つ目は、日本で初めて「NPO発企業」の上場実現を果たしたことだ。
株式会社雨風太陽は、東日本大震災をきっかけに生まれた企業だ。2013年に「NPO法人東北開墾」を立ち上げ、2015年に法人化している。同社が掲げるミッションは「都市と地方をかきまぜる」。食べ物付き情報誌『食べる通信』の創刊や日本最大級の産直通販サイト『ポケットマルシェ』運営、『ポケマルおやこ地方留学』の企画運営など、事業内容は多岐にわたる。徹底して“地方と都市”をつなげ続けてきた同社が、上場に踏み切った理由とは。その背景や日本におけるインパクトIPOの現状、そして展望について、同社創業者であり代表取締役である高橋博之氏に話を聞いた。
震災からの「創造的復興」を掲げ、都市と地方をつなぐ事業をスタート
株式会社雨風太陽は、2013年5月29日に「NPO法人東北開墾」としてスタートした。NPO設立のきっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災である。
震災前から東北地方は少子高齢率が高く、特に非県庁所在地の過疎化が深刻化していた。その状態にとどめを刺したのが、震災と津波。岩手県は住民の約4割が沿岸部に住んでいたこともあり、津波の被害も甚大だった。高橋氏いわく「ただ復旧・復興をするだけでは、また過疎地に戻すだけ。当時は、震災前から抱えていた課題も解決できるような『創造的復興』の必要性が叫ばれていた」。
創造的復興。これは被災前の姿に戻すだけではなく、より強靭な地域づくりを行うという考え方である。日本は、世界的に見ても課題先進国だ。少子高齢化や担い手不足などの課題に、世界に先駆けてぶつかっている。さらに日本の中でも、震災の影響もあり東北沿岸部は「未来を先取りしている」状態。つまり、日本の課題先進地=世界の課題先進地なのである。高橋氏は「創造的復興の答えを出せば、三陸沿岸のみならず、やがて日本全体、アジア、そして世界の希望になると強烈に思った」と語る。
当時岩手県議会議員だった高橋氏が被災地で感じたのが、「都市と地方の分断」だった。これは、「消費地と生産地の分断」とも言い換えられる。震災を機に“消費地”から訪れた支援者は、被災地で漁師や農家などの“生産者”と出会った。普段は顔を合わせない両者が、対面したのである。それを見て、高橋氏は「双方にポジティブな影響があった」と振り返る。たとえば、被災地で出会った漁師たちは普段なにを考え、なにを守ろうとしているのか?それを聞いた消費者は彼らの想いに共感し、仮にスーパーで買うより高くとも、その漁師から「買いたい」と思うのである。生産者の想いに共感することで、消費者はその想いを一緒に守り育てる側になる。そう確信し「この出会いを日常的に生み出せばいい」と思ったことが、NPO設立に繋がった。
2013年5月末にNPO法人「東北開墾」を設立すると、同年7月には世界初の“食べ物”付き情報誌『東北食べる通信』を創刊した。『東北食べる通信』に申し込むと、生産者を特集した情報誌とその人がつくる旬の食材が届く。高橋氏は東北各地の農家や漁業者を取材し、その想いを発信するとともに食材を届ける仕組みをつくることで「都市と地方の分断」を解消しようとしたのだ。この取り組みにより、「物理的距離の壁を雑誌+SNSで越えることができた」。
『東北食べる通信』を続けるなかで直面したのが、「このスピード感では世の中を変えられない」という現実だった。月に1人の生産者にフォーカスすることで濃厚な情報を届けられる一方、消費者に届く食材は月にひとつ。「30日のうち1日の食卓しか変えられない」、これでは都市と地方の分断はいつまでたっても解消できない。どうやったらこのインパクトを最速で最大化できるのだろうという課題感から生まれたのが、2016年9月にはじまった『ポケットマルシェ』だ。これは全国の生産者から直接購入できるサービスで、生産者は編集部を介さずに情報を発信できる。スタートの前年に株式会社化し賛同者の出資を受けたことで、スピード感を持って事業をスケールさせた。
上場により、生産者や消費者がファン株主に
『食べる通信』や『ポケットマルシェ』の運営、そしてふるさと納税への参入や『おやこ留学』を企画運営する中で、高橋氏はまたしても「このスピード感では間に合わない」と感じていた。「仲間を増やしたい」、そう考えて出した結論は、上場。そして株式会社設立から7年、2023年12月に東証グロース市場についに上場を果たした。株式公開の手法は、インパクトIPOだ。これは社会性と事業性を両立し、社会に与えるポジティブな影響(インパクト)の測定とマネジメントを実施しつつ、IPO(新規株式公開)を実現する手法である。
株式会社雨風太陽の事業は言うまでもなく、「経済性はもちろん、地方と都市を繋ぐこと」に価値が置かれている。インパクトIPOについて、高橋氏は「この手法を取ることで経済性・社会性の両方を理解してくれる人が株主になってくれるだろう」と考えていたという。実際、同社の株主に名乗りを上げた多くは全国の生産者・消費者だった。事業に心から賛同する“ファン株主”が集まることは、高橋氏が目指した「仲間を増やす」ことと同義である。
上場による「手ごたえを感じられるのはまだまだこれから」と高橋氏は言う。とはいえビジネスに変化が起きている予兆として、「これまで株を買ったことのない生産者・消費者からの問い合わせが多い」現状がある。社会課題へのアプローチとして、これまでは国や自治体を頼ることがメインの選択肢だった。だが株未経験者が動き始めていることで、「民間企業が社会課題を解決する」という選択肢が生まれたのだ。
高橋氏は言う。「被災地で生まれた事業がIPOに至ったのは、たぶんうちが初めて。震災を機にスタートした小さなNPOが上場することは『創造的復興』のひとつの答えになる」と。岩手県内企業の上場は、18年ぶりであり県内7社目でもある。一方、岩手県が輩出したオリンピック選手や世界的なスポーツ選手は、奥州市出身の大谷翔平氏を筆頭に50名を超えている。「大リーガーになるより、岩手県で起業するほうが難しくない。スポーツだけでなく経済も頑張ろうと言いたい。その先駆けになりたい」と高橋氏は語る。
関係人口増加が繋ぐ、活気ある日本の未来
近年、日本でも「社会・環境的効果」と「収益性」の両方を実現する「インパクト投資」への注目度が向上している。その一例として、2023年10月に行われた世界中の投資家による会議『PRI in Person 2023』では、岸田首相が「課題解決へのインパクトに着目し、その実現に必要な技術とビジネスモデルの革新を促す投資」であるインパクト投資に言及(※)している。
※参照)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC04ADG0U3A201C2000000/
注目度が上がる一方、日本におけるインパクト投資への理解は「遅れている」と高橋氏は断言する。戦後日本は、復興にあたり世界に追いつけ追い越せと働き奇跡的な経済成長を成し遂げたわけだが、それが現在の「経済性と社会性のバランスがとれていない」状況に繋がっている見え方もできる。また、少子高齢化や気候変動などの影響により日本の生産能力は著しく低下している。「我々の企業活動は、安定した環境があってこそ」。その前提が崩れた今、いよいよ日本はSDGsやESG投資、そしてインパクト投資に本質的に取り組まなければならない現状を迎えている。
高橋氏に同社の今後について尋ねると、「新しいことをするのではなく、これまでやってきた事業をマスボリュームにしていきたい」との答えが返ってきた。これまでやってきたことは「間違っていない」と確信している。同社の事業がマス化することは、地方と都市の関係人口が増えることに繋がるからだ。長期ビジョンとして見据えるのは、人口が1億人を切ると言われている2050年頃。現在、日本の人口は約1億2,000万人。徐々に、地方を中心に人口は減っていく。同社の事業により関係人口が増加し「2050年に都市と地方の往来が盛んになっていることで、人口は減っても活力が増しているかもしれないし、存続できる地方が増えるかもしれない」と高橋氏は展望を語った。
最後にインパクトビジネスの先駆者として後進へのメッセージを求めると、高橋氏はこう語った。「この世に生まれた以上、誰でも表現欲があると思う。ビジネスは、表現の手段。好きなことや得意なことを世の中相手に表現することで、救われる人がいるかもしれない」。自分のビジネスで誰かが救われたとき、人は「生きる糧」を手にすることができる。「表現することを諦めるのは、生きることを手放すのと一緒。ビジネスでも芸術でも、それぞれの方法で表現をしていこう」と締めくくった。
【企業プロフィール】
●会社名:株式会社雨風太陽
●事業内容:
・個人向け食品関連サービス
CtoCプラットフォーム「ポケットマルシェ」、サブスクリプションサービス、食材付き情報誌「食べる通信」、ふるさと納税プラットフォーム「ポケマルふるさと納税」の企画・開発・運営
・個人向け旅行関連サービス
ポケマルおやこ地方留学の企画・実施
・企業・自治体向けサービス
自治体支援サービス、法人向け食材販売等の企画・実施
「都市と地方をかきまぜる」をミッションに事業展開。生産者と消費者が直接やりとりしながら旬の食べものを売り買いできる産直アプリ『ポケットマルシェ』、寄付者と生産者が直接つながるふるさと納税サービス『ポケマルふるさと納税』、食べもの付き情報誌『食べる通信』の運営を行うほか、電力事業や地方留学事業の立ち上げも薦めている。地方自治体との連携も強化し、複数事業を通じて地域や地域の人々がかかわる「関係人口」創出を促進している。2013年5月にNPO法人東北開墾としてスタート。2015年に株式会社KAKAXIを設立(2015年に株式会社ポケットマルシェ、2022年に株式会社雨風太陽に商号変更)し、2023年12月に東京証券取引所グロース市場に新規上場。
【編集部後記】
「上場」「IPO」といったビジネス用語は、多くの人にとって“他人事”です。そういったことは「経営者が考えること」であり、多くの一般人は日常生活を送るのに精いっぱい。ニュースを見ていても「難しいことを言っているな」とスルーしがちなのが現状でしょう。そして、経営や投資に興味を持っている人を除き、それらに触れず一生を送ることは可能です。しかし本取材を通し「インパクトビジネスに目を向けること=私たちの日常を守ること」であると気付かされました。株式会社雨風太陽の株主に生産者や消費者が名乗りを上げている現状は、私たちの日常を守るための大きな希望だと思います。経済性と社会の課題解決を両立させるインパクトビジネス、それにまつわる様々な流れを、我々はもっと知るべきだと思いました(ライター 堀越 愛)