• HOME
  • 企画 , 地方創生 , 岩手 , 食・伝統工芸
  • 「南部鉄器の町で地域の拠り所だった場所を守りたい」~岩手県奥州市の地域おこし協力隊員・太田和美さんが創業50年のスナック喫茶「チロル」を引き継ぎ「鐵喫茶a-hūm(てつきっさ あうん)」をオープン

「南部鉄器の町で地域の拠り所だった場所を守りたい」~岩手県奥州市の地域おこし協力隊員・太田和美さんが創業50年のスナック喫茶「チロル」を引き継ぎ「鐵喫茶a-hūm(てつきっさ あうん)」をオープン

 近年、事業の継続に問題はないにもかかわらず、後継者不在などの理由で廃業を余儀なくされる企業や商店が増えている。その解決策の一つとして注目されているのが、第三者による事業承継だ。

岩手県奥州市で地域おこし協力隊員として働く太田和美さんも、第三者という立場でありながら地域の事業を引き継いだ一人である。2024年6月に閉店した奥州市内のスナック喫茶「チロル」を引き継ぐ形で、太田さんは9月28日に「鐵喫茶a-hūm(てつきっさ あうん)」をオープンした。

「長年にわたって地域のよりどころとなってきたお店を守りたいと思った」という太田さん。どのようなプロセスを経て事業承継に至ったのか、お話をうかがった。

太田和美さん。奥州市地域おこし協力隊・「鐵喫茶a-hūm」店主として活躍中(太田さん提供写真)

協力隊員として南部鉄器をPR。オリジナルキャラクター「鉄瓶婆(てつびんばばあ)」に扮することも

宮城県仙台市出身の太田さんは、美術大学在学中から作家活動を始め、県内を中心に美術家・パフォーマーとして表現活動を行ってきた。そんな太田さんが奥州市の地域おこし協力隊員に就任したのは、2023年6月のこと。パートナーの出身地という縁で奥州市への移住を検討していた頃、「鋳物産業の振興」の協力隊員の募集に出会ったのがきっかけだった。

奥州市水沢は、国の伝統工芸品である南部鉄器の産地として名高い地域である。太田さんは「もともとものづくりや美術家としての活動をしてきたので、職人さんへの憧れを強く持っていました。職人さんと関われる仕事をしたいと思い応募したんです」と応募の動機を振り返る。

就任後は、50ほどの鋳物工場が軒を連ねる水沢羽田(はだ)地区を拠点に活動を開始。現在は水沢鋳物工業協同組合でのSNS発信の補助や、南部鉄器を紹介する奥州市伝統産業会館の展示リニューアル、南部鉄器のPRなどを担当している。

中でも特徴的なのが、彼女のパフォーマー経験を活かした「鉄瓶婆(てつびんばばあ)」というキャラクターによるPR活動だ。「奥州市南部鉄器まつり」などのイベントでは太田さん自ら「鉄瓶婆」に扮し、来場者に南部鉄器で沸かした白湯を振舞う。

鉄瓶婆に扮した太田さん。地元メディアでも話題になった(太田さん提供写真)

常連客と接する中で強まった「地域の憩いの場を守りたい」という気持ち

太田さんが事業承継をすることになった「チロル」との出会いは、協力隊員として活動を始めたばかりの頃だった。

「チロル」は羽田地区で50年にわたり営業してきたスナック喫茶。昼は喫茶店、夜はスナックとして、長年地域の人たちに愛されてきたお店だ。店主であるママお手製の「ホルモン」(もつ煮)が看板メニューで、太田さんも着任早々、南部鉄器の職人や近隣住民にすすめられて来店した。アットホームな店の雰囲気や、ママのさっぱりとして気さくな人柄に“一目ぼれ”したという。

チロル外観(太田さん提供写真)

話をする中でママが「営業時間や体力的な負担があり、店を畳もうと思っている」と口にした。その瞬間に太田さんは、「私で良ければ後を継がせていただきたいです」と手をあげたという。「不思議と不安はなく、自分でよければやらせてもらいたいという気持ちでした」と太田さんは当時を振り返る。

一方でママも「店の灯りを消さずにすむのなら」と太田さんの申し出を前向きに受け止めてくれた。以来太田さんは、お手伝いという立場で来店し、接客や調理にも携わるようになった。

お店を手伝うようになってから、太田さんは「チロル」に足しげく訪れる近隣住民や南部鉄器の職人たちと直接コミュニケーションを取るようになった。昼の食事や夜の晩酌に通うお客様がたくさんおり、中には南部鉄器の職人グループが月に1回は必ず宴会を行うなど、お店が地域の憩いの場になっていることを実感した。彼らとの関わりを深める中で、地域にそのような憩いの場があることの大切さを実感し、「この場所を守りたいという想いがますます強くなった」という。

リフォームやクラウドファンディング、補助金申請など多くのタスクに追われながらも周囲の助けを得て開店準備に奮闘

2024年6月30日、「チロル」は惜しまれながら閉店した。太田さんは9月下旬から10月上旬の引き継ぎ店舗オープンに向けて、開店準備を本格化させた。

まずは資金面である。チロルが営業していた建物、備品、家具はそのまま引き継がせてもらえたものの、建物は長い年月が経っており、内装のリフォームが必要だった。

そこで、店舗改修費用を資金調達するため、クラウドファンディングに挑戦。目標額は200万円だったが、それを上回る225万円の支援が集まった。さらに奥州市で活動を始めて1年以上経った地域おこし協力隊が対象となる「協力隊助成金」や、事業者向けに使える補助金をフル活用。そして「クラウドファンディング成功や助成金の確約を得たことから」、信用金庫の融資を受けられることになった。

そうして得た資金をもとに、築50年の建物の改装工事が始まった。できる限り地元の業者に依頼し、壁と床はクロスを全て張り替えた。また、年配の常連客が多いことから、バーカウンターの高さを10㎝ほど下げる作業も依頼した。

高さを下げたバーカウンター。ご年配の常連客への配慮から(太田さん提供写真)

太田さんは事業承継にあたり、奥州市職員の紹介で岩手県事業承継・引き継ぎ支援センターを活用したという。このセンターは、盛岡商工会議所が東北経済産業局からの委託を受けて設置した公的な相談窓口である。

太田さんは「備品や家具の引き継ぎに必要な書類や、その際に気を付けることなどを相談したのが利用のきっかけでした。その後も資金の相談をさせてもらったり、事業承継の合意書などを作っていただいたりしました。書類は信用金庫の融資を受ける際に助かりました」と振り返る。

3週間ほどの店舗改修工事を終え、8月15日にプレオープン。知り合いやチロルの常連客にホルモンを試食してもらい、感想を聞きながら腕を磨くとともに、お店で提供するメニュー開発にいそしんだ。

満を持して南部鉄器カフェ「鐵喫茶a-hūm(てつきっさ あうん)」をオープン

9月28日、太田さんのお店「鐵喫茶a-hūm(てつきっさ あうん)」がオープンの日を迎えた。「チロルのママが50年間守ってきたお店や常連さんを大切にしてきた気持ち、名物のホルモンの味を引き継ぎながらも、南部鉄器の町にある店として、お客様には南部鉄器の魅力を感じてもらえる場所にしたい」というのが太田さんの想いである。

鐵喫茶a-hūm看板。ロゴは地域協力隊員仲間がデザインした(太田さん提供写真)

メニューはチロルの看板メニュー「ホルモン」を引き継いだ「もつ煮定食」と、太田さんオリジナルのナポリタン、フレンチトーストをメインに据える。いずれも南部鉄器を使って調理されているのが特徴だ。太田さんは「南部鉄器は熱伝導率が良いので、調理に使うとスパゲッティはもちもち、お米はつやつやプチプチの食感に仕上がり、素材の美味しさを引き出すことができます。さらに(南部鉄器で)料理を提供することで温かい状態で召し上がっていただくこともできるんです」と南部鉄器の魅力を目を輝かせながら話す。

チロルの「ホルモン」を受け継いだ「もつ煮定食」(太田さん提供写真)

オープンから2か月、お店にはチロルの常連客だった南部鉄器職人や近隣住民が訪れるほか、観光客の来店も多いという。「東北新幹線・水沢江刺駅の新幹線待ちの方や、南部鉄器を買いに来た際に職人さんの紹介で立ち寄られたという方もいらっしゃいました」と太田さんも嬉しそうだ。

今後について太田さんは、「お店を活用しながら、協力隊としての南部鉄器のPR活動や学生インターン事業を行っていきたい」と話す。インターン事業は、職人を目指す学生と南部鉄器の事業者をつなぐ事業を企画しているという。

これから事業承継を考える人に対し太田さんは「私の場合、地域おこし協力隊員と『チロル』の事業承継という2つのことに挑戦したおかげで、顔見知りだった市職員の方に制度面の相談をしやすかったり、資金面のバックアップを受けられたりしました。また『鐵喫茶a-hūm』のオープンに多くの方が興味を持ってくださったのも、地域おこし協力隊員としての活動があったからこそという実感があります事業承継の際には思い切り視野を広げて、色々な活動をつなげていくことが成功のコツなのではないかと思います」とエールを送った。

編集後記
メディアで後継者不足による「事業承継」の問題が取り上げられることが増えています。特に少子高齢化が進む地方では、閉業が地域の存続に関わることもあり、大きな課題と感じます。
太田さんの事業承継についてのお話から、地域の人たちの拠り所であり、地域資源である「南部鉄器」の魅力発信の場という二つの顔を持つ「鐵喫茶a-hūm」の存在が、今後、地域活性化の拠点となっていくであろうことを確信しました。(ライター鈴木千絵)

ピックアップ記事

関連記事一覧