【宮城】名取・閖上の土地文化である銘酒「宝船 浪の音」をつくり続けて150年の佐々木酒造店。DX化に向けて、IT活用によりローカルエリアの交流と発信をプロデュース!

 宮城県名取市閖上の酒蔵 有限会社佐々木酒造店(以下、佐々木酒造店)は、2021年で創業150周年を迎えた。19871年(明治4年)に初代の佐々木新助氏が運送業をはじめ多角的に起業を図り、その一つに酒造業があった。銘柄「宝船 浪の音」は、今もその名を変えることなく受け継がれている。東日本大震災後は、遠方の新規ファンを増やすためにITツールを積極的に導入しながら、国内外へローカルエリアの交流と発信に力を注ぐ、5代目 佐々木 洋 専務取締役にその取り組みと今後の展望についてお話を伺った。

有限会社佐々木酒造店 佐々木 洋 専務取締役

創業当時から町や町人の生活を良くするため尽力してきた佐々木酒造店。2代目の佐々木多利治氏は、東多賀村(現:閖上)の村長として地域に貢献し、酒蔵も成長させる。「2代目の時につくられた金看板は、津波に流されず瓦礫の中から見つかり、新店舗の正面口に飾っています。この看板の背景が東から朝日が昇っていくデザインなので、正面口の壁色は東側が赤、西側は青にしました」と佐々木専務は話す。

2代目 佐々木多利治 氏のときにつくられた金看板

地酒は土地文化の液体化

 佐々木酒造店は、酒造業だけではなく町民の要望に応え1955年「私立 閖上わかば幼稚園」を3代目の佐々木とくよ氏が創設。この園舎も東日本大震災によって被災し、2014年に隣町の美田園へ仮再建された。現在は「学校法人わかば学園 美田園わかば幼稚園」と町の名前に合わせて園名を変えて、地域の子どもたちの成長を見守っている。

閖上の町と酒蔵の製造設備は東日本大震災の大津波によって壊滅状態になっていた。そんな中でも佐々木専務は、避難した酒蔵の屋上で「必ずここに戻ってきて、酒造りを再開する」と決意。2012年2月に名取市復興仮設商店街『閖上さいかい市場』内に仮設店舗を構え、同年12月には名取市復興工業団地内に仮設の酒蔵を設備し、酒造りを再開。その後7年半の年月を経て、2019年10月に閖上の地に戻ってきた佐々木酒造店。「私の代で次の世代が町(環境や人材、文化)をポジティブに承継していける可能性をつくっていきたいですね。佐々木家の家訓にも『暗いと不平をいうよりも、進んで灯りをつけましょう』という言葉があって(早朝にやっていたTVのキャッチフレーズ。酒造りは朝が早いのでよく目に入ってくるうちに馴染んだ)、東日本大震災のような災害に見舞われてもそれでもなお前に進もうと心の原動力となりました。あの災害は、同じ毎日がずっと続くわけではないと知って、人生観が変わりましたね」と話す。

銘酒「宝船 浪の音」と震災後の仮設製造所で震災復興酒として誕生した「閖」

供給事業に追いつかないデジタルリテラシー

 『閖上さいかい市場』では株式会社リクルートの支援でAirレジシステムと機材を提供してもらえる機会があり、約20店舗ある中で10店舗ほどが導入。しかし地元の方々に受け入れてもらうには、一筋縄にはいかなかったと佐々木専務は話す。「東北をはじめとする田舎の人は、直接(フェイスtoフェイス)手取り足取りパソコン操作を教えることが必要です。その大多数はITに苦手意識を持っている方々なので、聞きなれない単語や手数料などが引かれるマウント状態での経営に、詐欺ではないかという不信感やシステム依存への対策が立てられないといった理由で敬遠されていました」。昨今では電子マネーが当たり前に使われるようになり、佐々木専務は「様々な意見があったが積極的に取り入れて、結果よかったと思います」と振り返る。こうした課題に対して「各世代とITを繋ぐ若手のステークホルダーを捕まえて、賛同の声が広がりやすくすること。そしてこれまで以上の実績が期待できることも伝えると、高齢者の方々は前向きになってくれます」と佐々木専務は、地域(エリア)コミュニティの重要性を説く。

新店舗

ローカルエリアのIT活用とDX化

 DXの定義(2018年 経済産業省公表)にあるように、私たちの生活にはITが浸透し、より良い製品やサービス、ビジネスモデルがもたらされるようになっています。DXの代表例として、大手インターネット通販や動画配信サイトで、統計からおすすめ商品や曲が提示されるサービスがある。このような人が時間をかけて行なっていた仕事をITでまかなえるようになり、その時間と労力を消費者ニーズに合わせたビジネスやサービスをより刷新されている。

「名取市復興仮設商店街 閖上さいかい市場では震災後、グーグル合同会社がすすめていた『イノベーション東北』でIT講師を派遣する支援を受け、それをきっかけとして佐々木酒造店ではGoogleマイビジネスも併用しながら海外や遠方との事業を展開しています」と佐々木専務は話す。海外は主にアジア圏(台湾、香港、シンガポール、韓国)で商談が増えており、季節商品を求められることが多いという。また、佐々木専務は「お酒と地域食はワンセットだと思っています。そして、地域の食とともに土地の物語が語られるようになったら嬉しいです。それが一番いいローカル発信だと確信しています」と、エリア発信に強いこだわりをみせる。そしてその想いは、さまざまな地域事業に参画することで拡がりを見せている。「Grow With Googleで、いかにシステムを使いこなすかし事業をプラスにするかという講習をマンツーマンで受けることができました。また、ディレクションやYouTubeなどの活用方法も学ぶことができ、いまは地域事業でもその経験が活きています」と佐々木専務は話す。

東北エリアを繋ぐ、酒蔵ツーリズム

 佐々木酒造店は、秋保や作並温泉などと連携した酒蔵ツーリズム推進事業『テロワージュ東北』に参画している。現在は、東日本大震災の被災地である福島県相馬市や双葉町などの沿岸部にも力を注ぎ「常磐線沿線をつなぐ復興ツーリズムを準備しています。福島の復興なくして、東日本大震災からの復興はありえない」と、東北エリアで交流人口のシェア増加に期待を寄せる。さらに、ITによる仮想情報をより正確なものにするために「プラスになるかマイナスになるかではなく、正確に自分の目で福島の今を見て、生の情報を見て、体験して感じて欲しいと考えています」と佐々木氏。

震災後、酒蔵をはじめとする伝統産業は県外の同業者と交流が増え、日本全国で一致団結する動きとをみせている。佐々木専務は「災害は決して他人事じゃない。躊躇するような時も発信したり、支援したり。そうしたところでITの力は大いに役立っていて、オンライン会議が主流となったことで遠方との交流はやりやすくなり、機会も増えました。IT活用をきっかけに、DXはリアルの探究や信頼関係の構築といった交流人口の呼び水になっていいます」と話す。

伝統産業の先入観をイノベーション

 閖上で現地再建した町人は、震災前の1/3で約2000人。これからの名取エリアについて「2000人では町を存続させられないので、まちの持続力を担保するために『かわまちてらす閖上』や『みちのく潮風トレイル 名取トレイルセンター』、温泉付き施設でもある『名取サイクルスポーツセンター』などの賑わい拠点ができました。閖上のお得意様や住んでいたけれど離れてしまった人はもちろんですが、外部からの新しい交流人口を増やし、名取という町、新しい閖上の姿を伝えることが沢山の力を頂戴して復旧に漕ぎ着けた私たちの大切な仕事です」と佐々木専務は話す。

これまで述べてきたような取り組みを通して「伝統産業は日本酒のイメージなどの固定概念や先入観をイノベーションしていかなければいけない。例えば、この『あまざけ 濃縮タイプ』は名取に所縁のある異業種とのコラボ商品。使用している米は名取市下余田の三浦農園産の紫黒米を原料にしており、豆乳で割って飲むことができるので甘酒が苦手な人でも美味しく飲めると好評だ。またラベルデザインは明才氏(木版画家)の作品で、銘柄であるところの宝船浪の音の宝船や閖上の海、稲が描かれている。

異業種コラボについて佐々木氏は「地元のタレントをきちんと大事にしていきたいんです。以前、メディチ家になりたいと考えたこともあって(笑)自分では何も創造したりできないけれど、活動している人たちのお手伝いはできるんじゃないかって。芸術を支援したり、土地の文化や芸術性を楽しむ余裕を世の中に持たせておかないと世界がどんどんつまらないものになっていく気がします。デザインもAIがやるようになってきているから、これからも人が生み出すものを鑑賞できる『心の豊かさ』を一緒に発信していきたいです」とローカルエリアの発展を見据えている。

【プロフィール】

有限会社 佐々木酒造店
19871年(明治4年)創業。銘酒「宝船 浪の音」は宮城県産ひとめぼれを原料にきょうかい7号酵母で仕込んだ純米酒。現在は5代目の佐々木洋氏が専務取締役、杜氏は弟の淳平氏が務めている。

< 有限会社 佐々木酒造店 >
http://housen-naminooto.com
< Grow with Google事業 >
https://grow.google/intl/ALL_jp/tohoku/#?modal_active=none

< 酒蔵ツーリズム推進事業 >

https://www.nta.go.jp/taxes/sake/boshujoho/index.htm

【LocalBook編集部後記】
新型コロナウイルスで打撃を受けているのは、飲食店や観光施設だけではなく小売店もまた同様です。しかし佐々木酒造店は家訓である「地酒は土地文化の液体化」の言葉の通り、自店舗のことだけではなく生活圏や交流地域エリアでの力水となるため奮闘していました。持続可能なローカルビジネスには、佐々木専務のような地域のステークホルダーが必要不可欠だと思いました。
(ライター:太田和美)

ピックアップ記事

関連記事一覧