「宇宙産業こそ東北経済の大きな基盤となる」 東北大学発の宇宙ベンチャーElevationSpaceが目指す『誰もが宇宙で生活できる未来』【東北IMPACT STARTUP】

 「スタートアップ・エコシステム拠点都市」にも選出され、新規ビジネス創出の機運が高まる仙台市。影響力のあるスタートアップが東北から多数誕生する中、特に注目を浴びている企業の一つに東北大学発の宇宙ベンチャーElevationSpaceがある。

彼らのミッションは「誰もが宇宙で生活できる世界を創り、人の未来を豊かにする」こと。国際宇宙ステーションに代わる世界初の民間宇宙環境利用プラットフォーム「ELS-R」の開発を行いながら、宇宙建築物の建設を目指すスタートアップ企業だ。

今回は世界を変える30歳未満のアジア太平洋地域の若手起業家「Forbes 30 Under 30 Asia」にも選出されたElevationSpace代表の小林稜平さんに、会社設立の背景や東北地域における宇宙ビジネスの可能性を取材した。

株式会社ElevationSpace 代表取締役CEOの小林稜平さん

誰もが宇宙で生活できる世界がやってくる

 2010年以降、宇宙ビジネスの市場規模は急速に拡大している。近年は国家主導の開発だけではなく、小規模スタートアップなど民間企業の参入が目立つ。日本企業の取り組みでは、成功すれば「民間企業として世界初」と注目された宇宙スタートアップispaceの月面着陸船の打ち上げのニュースは記憶に新しいところだ。小林さんは昨今の宇宙産業の盛り上がりを「15世紀の大航海時代の再来」と表現する。「宇宙」という新大陸を目指し、世界は今まさに動きはじめているという。

私たちが普段生活する中で、宇宙を身近に感じる機会はほとんどないと言っていいだろう。しかし近い将来、「まるで海外旅行へ行くような感覚で、気軽に宇宙旅行へ行ける時代がやってくる」と小林さんは語る。ElevationSpaceでは「2040年までに、地球軌道上に宇宙ホテルを建設する」という目標を掲げている。現在は高額な費用がかかる宇宙旅行だが「宇宙ホテルが実現すれば、より安価に宇宙を体験できる」と小林さんは言う。とはいえ宇宙空間で人が生活するには、衣服や食事の問題など越えなければならないハードルがまだまだある。だからこそ、様々な企業が宇宙環境でも耐えうる製品やサービスを気軽に試作できる環境を作ることが肝要だ。

「ELS-R」を利用した、宇宙実験装置などの打ち上げから回収までの流れ

主力サービス「ELS-R」は、地球では不可能な実証実験や特殊材料の製造を実現できる無人小型衛星のプラットフォームだ。近年は民間ロケットや人工衛星などを打ち上げる「宇宙への物資輸送」が盛んに行われる一方で、打ち上げたものを地球へ持って帰る「宇宙からの物資回収」はいまだに高いハードルがあるという。

ElevationSpace最大の強みは、宇宙空間に出ていった人工衛星を地球へ帰還させる「再突入」の技術だ。宇宙から地球への新たな「帰りの便」を実現できる可能性を秘めた同技術は、現在世界中の研究機関・企業から注目を集めている。2023年4月には事業共創プログラム「JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」のもとJAXAと協業を開始するなど、様々な形でサービス化へ向けた動きが進行中だ。

ELS-R事業の実現により、宇宙実験でできた成果物を低コストで地上で回収・解析できるようになれば、宇宙環境を利用した研究開発のニーズも高まると予測される。多くの産業がより気軽に宇宙に関われるフィールドをつくることで、「誰もが宇宙で生活できる世界」の実現に取り組んでいると言えるだろう。

ElevationSpace創業のきっかけは、19歳のときに宇宙建築と出会ったことだった。当時建築関連の勉強をしていた小林さんだったが、地球上の建築物と比較したときのスケールの大きさと、宇宙建築が持つ将来的な可能性にどんどん魅了された。

その後、東北大学にて建築学と宇宙工学を専攻し、修士号(工学)を取得。在学中には人工衛星開発プロジェクトや宇宙ベンチャーでのインターンに従事しながら、宇宙建築への想いを強めていった。東北大学准教授で、共同創業者を務める桒原さんと出会ったのもこの時期だ。過去に15機以上もの人工衛星を開発・運用した経験のある桒原さんとディスカッションを重ねながら、2021年にElevationSpaceを創業した。

宇宙建築は、比較的まだ新しい研究分野。ましてや、社会実装に取り組む研究機関や民間企業はほとんどなかった。創業時、小林さんはまだ23歳だったが、起業することに迷いはなかったという。「宇宙開発には長期的な視点が不可欠。だからこそ若いうちから挑戦をスタートした方が、宇宙建築の実現という目標により早く近づけると思った」と当時を振り返る。

宇宙環境利用プラットフォーム「ELS-R」の衛星のイメージ

事業と組織を支える多彩なメンバーたち

 ElevationSpaceでは事業のみならず、組織としても急激な成長を遂げている。2022年時点で4名だったメンバーは、1年で25名にまで増加した。今後も国内外を問わず優秀な人材を積極的に採用し、3年後には100名規模を目指す。参画メンバーには、メーカー・IT・人材・金融・コンサルなど、さまざまな業界で活躍してきたプロフェッショナルの面々が名を連ねる。2023年5月現在、全社員のうち約半数が宇宙分野以外の業界出身者だという。

また、同社の人工衛星開発を支える技術者のうち、宇宙関連業界以外の出身者は約3分の1ほど。宇宙開発技術というと、他の分野とは大きく異なる技術が必要なイメージを抱きがちだ。しかし実際の人工衛星開発の現場では、機械・電気・通信など、既存のものづくりの技術が生かせる場面もある。宇宙という未知の空間に辿り着くには、様々な知見を組み合わせることが必要なのだ。

ElevationSpaceエンジニアチームのメンバー

メンバーの共通点は「誰もが宇宙で生活できる世界を創り、人の未来を豊かにする」というミッションへの深い共感だ。華やかなイメージがあるスタートアップだが、激しい競争や急成長する組織のマネジメントなど、厳しい環境に直面することもあるだろう。「そういった環境下でも前を向いて進むためには、自分たちの進むべき方向(ミッション)が合致しているかどうかが重要」だと言う。

一方で、ジョインするきっかけは「宇宙が好きで、宇宙に関わる仕事がしてみたかった」人から「様々な組織ステージを経験したい」「全く新しいビジネスに挑戦してみたい」という人まで、人それぞれだ。「会社を通して自分のやりたいことが実現できそうと思う方は、ぜひ気軽に門を叩いてほしい」と小林さんは思いを語った。

2025年打ち上げに向けて人工衛星開発を加速

 創業から現在にかけて、ELS-R実現へ向けて人工衛星の設計や部品調達・製造を行ってきた。そして2023年、初号機打ち上げに向けて開発が佳境を迎え、同社は新たに福島県南相馬市に拠点を立ち上げた。​​

南相馬市は東日本大震災後、新たな産業創出を目指した国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」に基づき、福島ロボットテストフィールドなどの拠点整備が行われている地域だ。その取り組みが身を結び、現在ではロボットや人工衛星の開発に必要な試験を実施できるフィールドが整備されている。近年では宇宙産業に携わる企業や部品工場も集まっており、日本における宇宙産業の一大拠点になりつつあるようだ。

ElevationSpaceでもすでに、福島県内の部品製造・加工企業と連携して人工衛星開発に取り組んでいる。創業以来「東北から宇宙へ」というコンセプトを掲げている同社では、「今後も積極的に東北の企業と連携して人工衛星開発を行いたい」と意欲を示す。実際の人工衛星開発の現場でも、部品の製造や金属加工が必要になったとき、まずは東北の企業へ依頼できないかリサーチを行うという。

2023年4月に南相馬市との連携協定を結ぶ

「宇宙への挑戦は初めての連続ですから、耐久性や性能面でのハードルを懸念する企業も多いでしょう」と前置きした上で、小林さんは「技術力ある会社とともに、宇宙産業を通して東北の経済を盛り上げたい」と話す。「宇宙のものを作っている会社でなくても、私たちと一緒にものづくりにチャレンジしたいと思っていただける企業がいれば、ぜひ連絡をしてほしいです」。

「東北から宇宙へ」を実現し、東北に恩返しを

ElevationSpaceの今後の展開について聞くと、「グローバルを目指す」という回答が返ってきた。現在取り組んでいるELS-R事業は、世界的にも需要が見込まれる。東北を盛り上げる観点からも、海外の需要を取り込むことは必須だ。「将来的には世界に拠点を立ち上げ、海外企業を東北に呼び込みたい」と話してくれた。

また秋田県に生まれ、東北で生まれ育った小林さんに、東北への思いを聞いた。「東北の経済が発展するためには、これから伸びてくる新しい産業に力を入れることが重要です。都心部ですでに行われているビジネスを地方に持ってくるだけでは、後追いになってしまいますので勝てません」。

そして、もともと東北は、宇宙と関わりの深い土地だ。秋田県・能代市と宮城県・角田市にはJAXAの拠点がある。また人工衛星データの活用による青森のブランド米「青天の霹靂」の生産、岩手では宇宙誕生の経緯を解明する実験施設「国際リニアコライダー」の誘致など、宇宙との関連は強い。東北には宇宙産業が成長するポテンシャルがあるのだ。

小林さんは「今後宇宙産業は、東北の経済活動を支える大きな基盤となるはず。宇宙への挑戦を東北から始めることで、『人の未来を豊かにする』ことに貢献していきたい」と力強く締めくくった。

宇宙産業の発展を通して、東北に貢献する

【企業プロフィール】
会社名:株式会社ElevationSpace(ElevationSpace Inc.)
本社:宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉468-1 東北大学マテリアル・イノベーション・センター401号室 青葉山ガレージ
東京支社:東京都千代田区神田錦町1-17-1 神田髙木ビル BIRTH KANDA 7F
福島支社:福島県南相馬市小高区本町1−87 小高パイオニアヴィレッジ
事業内容:宇宙環境利用・回収プラットフォーム事業、宇宙輸送事業、宇宙建築事業
HP:https://elevation-space.com/

【編集部後記】
「宇宙旅行」といえば、才能ある宇宙飛行士や富裕層など限られた一部の人たちだけのもので、自分には一生縁のないことだと思っていました。しかし今回の取材を通して、宇宙旅行が身近になる未来が近づいているのだと実感しています。子どもの頃、誰もが一度は宇宙の壮大さや美しさに思いを馳せたことがあると思います。そういった当時のワクワクや好奇心を思い出させてくれるような取材でした。また、宇宙産業が東北で盛り上がっていることも初めて知りました。小林さん曰く、「東北は宇宙産業と関わりの深い地域にもかかわらず、そのことがあまり周知されていないのが勿体ないと感じている」とのこと。ElevationSpaceの取り組みが広まり、東北地域が世界中から人が集まる「宇宙旅行の窓口」になる時代がやってくることを期待しています。(ライター:鈴木智華)

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